生まれてまもなくの赤ちゃんは、喋る事も、歩く事も、見る事も出来ません。我々人類と同じ哺乳類である犬や馬は、生まれた時には目は見えるし、すぐに歩き出すこともできます。それに比べ、人間は最も未熟な状態で生まれ、生後に一つ一つ獲得し、成長していくのです。親もしくは周りの人達と色々関わりをもちながら身につけていくのです。そのため、親子の関係が重大なのです。未熟な状態で生まれる分、周りの環境に影響を受け、どうにでも変わってしまうという事になるのです。いい子にも育てば、悪い子にも育っという事です。年が経てば大人になるという事はないのです。
さて、人間はどのように成長して大人になって行くのでしょう。私の恩師の久徳先生は、子供の成長には大きな節目があり、1才、3才、6才、10才、15才が節目であると言っておられます。0才で生まれ、0才から1才までの1年間、1才から3才までの2年間、3才から6才までの3年間、6才から10才までの4年間、10才から15才までの5年間に分け、15才で人間は大人です。これを等差数列的成長説と言われました。(久徳説)
★★ 0才から1才までの1年間★★
この年令は母子の年令です。お母さんがお乳を与えないと赤ちゃんは死んでしまいます。赤ちゃんはまだ何も出来ません、全てお母さんが頼りです。お母さんがいないと、赤ちゃんは不安になり、泣きだしてしまいます。お腹が空いたとき、おむっが汚れたとき、等々・・赤ちゃんは何も喋りませんが、何を訴えているか様子をみて、機転を効かせて解って上げなくてはなりません。この時期は「親子の絆が出来る時期」です。子供は「お母さん、お父さんはいい人、僕を楽しくさせてくれる、頼りになる人」と感じて欲しいのです。
★★1才から3才までの2年間★★
家族と触れ合う時期です。お兄ちゃんと遊び、お祖父ちゃん、お祖母ちゃんと触れ合う。家庭環境、育てられ方で性格の基礎、人間の基礎が出来る時期です。「三つ子の魂百まで」です。過保護に育てられれば、甘えんぼで、我儘で、やんちゃな子になりやすく、放任的に育てられれば、無気力で、意欲がなく、親の愛情を感じない子、友達遊びの下手な子になりやすいのです。急激に脳細胞が発達するこの時期の体験が、脳裏に刻まれるのです。また対外的には、2才頃より同年令の子供達と少しずつ触れ合い、3才頃までに友達遊びが出来る様になります。2〜3人の友達と遊べる様になっている事が幼稚園に入る条件なのです。
★★ 3才から6才までの3年間★★
3才までの色々な体験から、ある程度の事が自分で出来るという自信が出てきます。そのため「自分が、自分が」という気持ちが強くなります。自我の芽生えの時期です。いわゆる「第一反抗期」の時です。鬼も嫌がる3才なのです。また、この時期の子供達はうるさい程「どうして?なんで?」とよく質問をする様になります。色々な事をいっぱい知りたくなる時なのです。この時に「いい事、悪い事」を教える事が大切です。言ってみれば、この時期は「しつけの年令」なのです。お母さん、お父さんが、手とり、足とりして何回も同じ事を繰り返し身につけさせるのです。特に生きていく上で大切な事、頑張る事、我慢する事、社会のモラルなどを、親と一緒になって体験し身につけるのです。他人まかせではだめです。しかし、この時期はきびしく叱りすぎてはいけません。まだ、いい事、悪い事が理解出来ない時期なので、きびしくされ過ぎると、親を怯える様になってしまいます。対外的には多くの子供達と触合い、集団で遊べる様に練習する時期です。昔の子供たちが、大きい子から小さい子までが集まって鬼ごっこ遊びなどをするのはそのためです。集団遊びが出来る様になっている事が、小学校に入る条件です。今の子供達は、特にこの集団遊びが出来ていない為、精神的に未熟な子が多い様です。
★★ 6才から10才までの4年間★★
6才で小学校に入ります。昔から「習いごとは6才の6月の6日から」と言われるように、他人から物事を教えられる時期となります。学校の先生のみならず、近所の多くの大人の人から色々な事を教えられなければなりません。この時期は人間社会、大人社会を知る時期なのです。私の親はどんな人、隣のおばさんはどんな人、いい人、悪い人とはどんな人、立派な人とはどんな人、と言った事などを認識するのです。大人の人との接触が大切です。いまの子供たちは、親とも他人とも触合いが少ないようです。この時期は、間違った事をしたら厳しく叱られなくてはなりません。いい事、悪い事がだいたい理解出来るようになっています。悪い事をして叱られるのは当たり前なのです。ここで叱られないと、けじめのつけられない子になってしまいます。
★★10才から15才までの5年間★★
この時期は大人になる練習をする時期です。新しい体験を増やし、色々な事に自信をつけ、社会に通用する人間になり得るべく、成長しなくてはいけません。大脳生理学的には、人間は10才で形づくられます。10才になると、周りの人がいくら努力をしても、子供の性格を変える事は出来ません。自分で自覚し、自分自身を高めなければならないのです。その為、「自分はこう思う、こうすべきだ」と言うように、精神レベルが成長し高度になります。言ってみれば、大人らしくなるのですが、その結果、親とよくぶつかる様になります。「お母さんの考えは変だよ、私はこう考える。」と言った具合です。 この時期が「第二反抗期」です。 親は子供に対、一番辛い時期かもしれません。手塩にかけて育てた子供が親に反発する時なのです。しかし、この反発はとても大切な事です。子供が成長していく過程であると考え、大きな目で見て上げて下さい。対外的には、非常に親しい親友が出来る時期ですし、遊びの内容が深まります。趣味を作る時期でもあります。この時期に遊びを覚えないと、大人になってからストレス発散の下手な人になってしまいます。この時期の躾は、今までの様な子供扱いではなく、大人扱いをして下さい。注意、命令、指示と言った頭ごなしの諌言はいけません。本人が自覚出来る様な指導にして下さい。 子供は生まれてから、自然に成長し、大人になっていく訳ではありません。色々な体験を積み重ね、親や多くの人達の影響を受け、一人の人間として形成されて行くのです。それには今まで述べてきた様に、成長過程に大きな決まりがあります。 まず第一に「親子の絆」ができ、好きなお母さんの言う事は聞かなくてはならないという事で「しつけ」ができ、しっけがされ、いい事、悪い事が理解出来るようになると「大人を知る事」ができる様になる。大人を知る事が出来る様になり「大人になる練習」が出来るようになるのです。この順序は間違ってはいけません。子供は混乱してしまいます。もし、この過程のどこかに問題があったなら、その時点に戻って育児をし直して下さい。
腰をひねり脚をひねりして、飛び込んだ医院で射った鎮痛剤が、第一の原因であった。それから「東方は血圧が低いし、血色もよくない。レバーを食べなさい。少しお酒を飲みなさい。洒ならワインがアルカリ飲料で身体によいでしょう。」と保健所の定期検診で勧められた。このワインが第二の原因となった。保健所で勧められたことだから間違いないと思っていたのが、これがじわりじわりと、私の身体を蝕んでいた。 苦しい咳をする。苦しくなる。ぜいぜいする。などの症状を抱えて近くの町医者に救いを求めにゆくと、喘息だな!と言ってお尻にケナコルト。楽になって有難いと思っていると、顔が丸くなってくる。何も知らない私はこういうことの繰り返しのうちに公立病院に回される。ここで厄介者のように扱われ、医者不信感となる。実際に、うぐいすの糞のような色の真菌を吸入しろと言って渡された。俺はモルモットかと半信半焼で吸入してみたが、咳き込みが激しくなったので試薬瓶ごと捨てた。そしてこの病院から逃げ出して、たどり着いたのがGクリニックであった。ここでもM医師以外は患者の訴えを親身になって聞いてくれる医師はいなかった。 ある夜、苦しい咳をして倒れて胸を打ちシップをしてGクリニックヘ行き、私の順番の前にシップを取ったところ、苦しかったことがウソのようになくなっているではないか。あ!このシップだ、!シップの鎮痛剤(インドメタシン)が原因(第一の原因)と悟った。 平成3年、雑誌の取材を受けた。レポーターは東京大学教授・月尾嘉男氏、遠くから深夜に来られるので、リンゴワインと軽食を用意した。取材が終わり、用意したものでもてなすと喜んでくれた。取材陣が引き上げた後、私一人息苦しくなってきた。あ!これも原因だ、と気が付き次の日も飲んでみた。やっぱり同じように息苦しい。瓶のラベルを調べてみた。すると酸化防止剤として亜硫酸塩(ソーダー)とあるではないか。不思議だ?ウイスキーや日本酒に入って無いものが入っているではないか!さっそく調べてみると呼吸障害を起こす事が解る。私の健康で、鍛えられた身体は、保健所で勧められたワインと、安易に注射された鎮痛剤で、あえなく「ぜんそく」という病気に蝕まれてしまった。